**調律と音作り その-1**

趣味の、尺八製作としての調律作業は、これで十分だと思いますが、もう少し、上を目指した調律を一緒に考えて見たいと思います。

尺八作りに於いて、調律とは音律や音階を正しく調整する事、もちろん、この事は当りまえのように大事なことですが、それ以上に「よく鳴る」、「音が大きい」、「響きがよい」と言った音の豊かさを、求める意味合いの方がもっと大事になります、尺八を作るにあたり、この音の豊かさをどのようにしたら作り出すことが出来るのか、ここから先は、少し不明瞭な解説になりますが、一緒に考察していただきたいと思います。

ここに優れた名管があり、これを手本に全く同じ内部構造で仕上げた竹を作ったとしても、同じように鳴らないのが尺八と言うものです、ここからの調律は0.05mmの厚さの探りで変わる響きの世界へ、挑戦してみて下さい

節の移動 条件と効果

条件 節の移動 音律
メリ吹き 下がる
カリ吹き 上がる
太管 下がる
細管 上がる

振動工学から説明すると、内の空気の振動は、粗密波の縦波であり、その内部の縦波の動きは、次の様な、複雑な要因で構成されています、

入射波

反射波

合成波

定在波

定常波

減衰項

そして、これらの要因で、生み出される、粗密波の波が幾重にも重なり合い、大きく増幅された時に、大きくな音となるのだと、思われます。この先は、専門的になり、私ごときが、とても説明出来る範中ではありませんが、昔から、この大きな波形を作り出す、管内の形状を、様々な試みの中で、探し当て、製管に携わる職人にとっては、それが最大の企業秘密とされてきました。

現在に於いては、いろんな物を手作りで、楽しむ趣味の時代となり、そのための教本や多種多彩な、工具や素材が開発されてきました、また同じ趣味を通して技術交換がなされる中、インターネットの普及等にも影響され、貴重な情報やデータが、以外と簡単に手に入れられる様になったことは、とてもありがたいことです。


形状と音量

尺八の内部構造を、探って見ると、いくつかの基本的な、原則が見えてきます、

1 音源となる、歌口の形と傾斜角

2 束になった粗密波を凝縮する絞り部分

3 凝縮された粗密波を一気に解放する管尻部

4 管内の空気柱(疎密波)が伸縮を繰り返す際のたるみの部分

5 全体として歌口から管尻にかけて、少しずつ内径が狭くなる、円すい構造

このような尺八の内部構造を、グラフに表した物を、内径曲線と言い、特に優れた尺八の内部構造を表したものを、理想曲線、と呼びます、その曲線の形は、作者によっても、微妙に違いがあり。作る竹の素材にも、また違いが出てきます。

ここでは私なりに、考えた調律のポイントを整理したいと思います。

音の豊かさの条件

1        唄口の形状と吹奏者の作り出す気流の質

唄口の形状は、息受けの心臓部でありますから、唄口の角度や息受けの方向性で、大きく影響します、

吹奏者の作り出す気流の質とは、唇に作られる小さな吹き出し孔の形、体内から吐出される息の流れ、この二つが相乗的に作り出す気流が、各人で異なります、この気流が蜜であるほど、また気流に揺らぎが無いほど、よい音、大きな音を作り出すことに繋がります。

2        渦流の流れ

唄口で次々に連続して発生する渦流は、管内の空気柱をたたき、管内に連続した波動を引き起こします、この渦流の流れもまた、揺らぎが無いほど、よい音、大きな音を作り出すことに繋がる、と考えるなら、渦流の発生する場所、唄口から近い場所が重要なポイントではないかと、推測されます、渦流が渦巻く、ほどよい空間、ストレスの無い管の壁面、私は唄口から、握りこぶし一つ分のあたりを、特に重要視して探りを入れます、唄口の真上から内を覗き、何かストレスになる壁面の障害物(ごく小さな影)が無いか、探し出します、

3        管内の理想曲線

唄口で発生した振動波動は管内の空気柱を共振させ、空気柱はゴム状に伸びたり、収縮したりを、毎秒何百回と繰り返します、空気柱にストレスがあれば、その伸縮がスムーズに行われず、音の増幅に影響を及ぼします、この尺八の空気柱の働きは、他の楽器にたとえると、弦楽器ではフレームに張られた弦、打楽器では張られた太鼓の皮や木琴などの鍵盤に当たりましょう、

これらの、全ては振動波を作り出す、音の源でありますから、この音源である、空気柱の動きを、スムーズにストレス無く震わせられることができるかが、重要なポイントではないでしょうか、作りかけの尺八を、水で洗うと、管内の壁面に薄い水の膜が出来、吹いてみると、思いがけない大きな音が、出ることをよく体験します、空気柱の動きを、助ける大きな要因は、壁面の滑らかさにも関係があるのではないでしょうか、

**********尺八の長さと手孔はどんな計算で決められるのか**********

まず音階と音律の勉強から考えて見ましょう
音楽のド レ ミ ファ ソ ラ シ ドは、どのようにして作られているのか、少し余談になりますが、音の音階や音の振動数について説明致します、尺八作りの基本となる、管の長さや手孔穴の位置を決める、大事な法則がある、と言う事を理解して頂きたいと思います。

私たちが音楽を聴くときに、音の音律と言う自然界の法則を無視することは出来ません、

 

ピタゴラス音階

絃の長さを3分の2にすれば5度高い音が得られ、絃の長さをもとの2分の1にすれば、8度高い音が得られることに基づいて、ピタゴラス音階と 呼ばれている音階を考え出しました。



下図はABに張られた一本の弦から、音階を作り出す過程を表したものである。
ABの長さを2等分した中心点が、ファの音になります。
次にA〜ファの長さの、3分の2の地点がドの音になります。
そのドの2倍の地点が低いドの音になります。
その低いドを基準にさらに3分の2の地点がソの音になります
そのソの2倍の地点が低いソの音になります。
その低いソを基準にさらに3分の2の地点がレの音になります
そのレを基準にさらに3分の2の地点がラの音になります。
そのラの2倍の地点が低いラの音になります。

      


この様に出来た音の長さを3分の2、あるいわ2倍を12回繰り返してゆくと、表の黄色で塗られた範囲に1オクターブの12音階が作られます。


ただしこの音階は、基本となる弦の長さによって、音程がまちまちになります。弦の長さのちがう楽器どうしでは合奏が出来ません、これを統一するために、ラの音の振動数を440Hzに決めました。この様にして、作り出されたのが、ピタゴラス音階です。

ピタゴラス音階に於いて、各音の振動数を比較すると、表3−1の様になります
(注意 各音階の振動数はラの440Hzを基準し小数点以下四捨五入した数字)

    

13世紀辺り幅広く支持された、このピタゴラス音階は、その後、単旋律中心の音楽から、和音が重んじられるようになってくると、このピタゴラスの音律にも、ドとミを重ねたとき音が濁るという、欠点があることが判明しました。

その問題点を解決するために、生まれたのが純正律と言う音階です。

ピタゴラス音階で問題になった23しか使わずに比を計算するという点に、5倍という観点を加えて音階を作ったものです。各音階の振動数を比較すると単純な比になっています、低いドとミとソ、ファとラと高いド、ソとシと高いレ、この様な3和音は非常に調和した和音になりました。

純正律音階に於いて、各音の振動数を比較すると、表3−2の様になります

ところが、あちらを立てれば、こちらが立たなくなるのは世の常。完全なものは存在しません。この音律でピアノなどの鍵盤楽器を調律すると、「異名同音」(音名、記譜が違っていても、実際は同じ音になること、ド#とレbは同じです)と呼ばれる音が発生し、響きがよくない箇所が生じます。そこで16世紀頃、純正律に改良を加え、鍵盤楽器に使えるようにしたのが中全音律という音階、しかしこれにも同じような欠点があり、広く使われることには至りませんでした。そして17世紀後半、平均律と言う音階が登場しました。これは他の音律とも合うよう、音程を平均化し、特に良い響きもなければ、悪くもない、妥協化した音階に振動数を設定しました。

平均律音階に於ける、各音の振動数比

             


この様に現在では平均律が一般に使われるようになりましたが、音階の基本である、ピタゴラスの考えた3と2の概念が現在も生きていることは間違いありません。
尺八の音階は単旋律の楽器です、主音がロツレチリロ(レファソラドレ)これら各音の振動数比率は、ピタゴラス音階に於いても、わりと単純な比率になっています、尺八どうしで和音を奏でると言う事は無いと思いますが、他の楽器と合奏した場合でも主音以外の音は指の運指によるメリ音を使いますので音程はその都度微妙に調整する事が出来ます。

話が長くなりましたが、尺八の製作に於いて、長さや手孔を計算する際、このピタゴラス音階を基礎とする考えが一番射に合っていると言う結論です。

ピタゴラス音階の手法を、尺八に当てはめて見ましょう。

まず、管の全長を便宜上324と言う数字に設定しますと

全長A〜Bに対して各音の位置関係は、図の様な配置になります


A点が尺八の歌口、ロ音、は尺八の管尻、その他のツ、レ、チ、リ、ヒは手孔の位置となります。




しかし実際には、この様な寸法で尺八を作っても、

音律は合いません尺八は管楽器ですので、この寸法に、

幾つかの補正が必要となります

補正する点として次の様な項目が掲げられます

1−管尻の開孔補正
2−閉管と開管の振動波形の違いによる節の移動補正
3−手孔穴の形状と気柱による補正

管尻部の開孔補正

この事について説明する為には、管楽器に於ける音の波形と振動数について理解する必要があります

空気中を伝わっていく音の速さは

(m/s)v=331.5+0.6t (乾燥空気中)

湿度が上がると多少vが大きくなるが

一般的にはv=332+0.6t  の式で表されるので

気温18度での音の空気伝導速度は

1秒間に約342.8mになります。

波長は音の高さに関係があり、1秒間に発生する、1波長の数が多い程、高い音になります

振幅は音の大きさに関係があり、その振幅が大きい程、大きな音となります

波の形は、音の音色に関係があります

波の形のX軸に交わる点を節と呼び

波の頂点を腹と呼びます

管楽器では、管内の「空気柱」の振動波長の様子は図に示すように

閉管では4分の1波長

開管では2分の1波長

この様に、閉管と開管では音源として生み出される波長が異なります

前図に示すように、開管における節の位置は管の中央にありますが、閉管では閉じられた右側にあります、開管(尺八)に口を近づけ音を出す際に、歌口側が口で塞ぐ形になるので、開管より、やや閉管に近い波形が発生すると考えられ、この時振動波の節の位置が閉管の節の方向へ移動すると考えられます尺八は両端が開いているので開管でありますが、尺八を鳴らすとき、このとき、節の位置は管の中央から右側(歌口側)に移動するため、その分、波長が長くなります

この節の移動の度合いは、尺八を吹奏する時、カリ吹きやメリ吹きと言った、歌口を覆う顎の角度で変化します、この場合メリ吹きの方が歌口を覆う度合いが大きいので、節の移動もその分多くなります

そのほか節の移動の度合いは、竹の内径、で変わってきます、それは管の空気柱の容積に関係するものと思ってください、尺八が音を発するメカニズムは、管内にある空気の柱がゴム状に内外側に向かって伸びたり縮んだりする気柱の振動波であります

管の内径が小さい程節の移動は小さく、その逆に管の内径が大きい程、節の移動は大きくなります
この場合の節の移動は尺八の全長を決める大きな要素となります


はじめに仮に尺八が両端開放された開管とすると標準管(1尺8寸管)の長さは

3
42.8(気温18度での音の速さ)÷293.6(壱越1尺8寸管のロの振動数サイクル)÷2=583.8mm

この管の仮の長さは583.8mmとなります

しかし音の振動する腹の位置は実際には開放端よりやや外側にあります

その位置は振動工学や物理の本で書かれていますが

        r×0.6 の式で表されます      r:開放端の管の内径

この式を代用すると、歌口側と管尻側のやや外側に振動する腹の部分があると考えられます

仮にこの公式を単純に尺八の形状に当てはめると

歌口の内径21mmとすると     21÷2×0.6=6.3

管尻の内径19mmとすると     19÷2×0.6=5.7  

この様な開放端補正量を予測されます

注意点 :この振動する腹のずれは同一内径を持つ並行管の場合に当てはまる物理の公式ですので、管尻側を極端に開いた形では実験値と異なります
尺八の管尻を大きくラッパ状に広げた場合、開放端のずれは外側ではなく、むしろ内側にずれる結果になります




さらに尺八を吹く時歌口に口を近づける事によって開管部分が少し塞がって、

振動波形が半閉管の形になり節の位置が歌口側に移動する
つまり振動波長の節の位置が歌口側に移動すると全体の波長が伸びるので振動数が低くなります

それを補うため管の長さを短くしなければなりません、この補正のことを節移動補正(閉管補正)と呼びました



尚節移動補正(閉管補正)の数字を26.8mmとしたのは計算結果からの数字ではありません

管の内径や形状、管全体の内部容積で値が変わります、この数字は経験値です(おおよその数字です)


したがって実際の竹の長さは仮の長さ(583.8mm)この数字から、開放端補正と節移動補正(閉管補正)を引いた

583.8mm-(5.7mm+6.3mm+26.8mm)=545mm となります。

手孔穴の位置については、筒音と区別しなければなりません

管の横に開ける穴の大きさで、その場所に出来る開放端の位置が決定され、

その開放端が管の長さとなって音律が決定されると考えられます
個の数字も、管内径、手孔の大きさ、管の太さ(手孔の深さ)等で微妙に左右され

この数字 26.8mm は経験値として理解してください
これらを総合して考えると、各手孔の実際の位置は以下の説明になりますが

このような事情から、全てを数式に置き換えて、説明できない事を、ご理解ください


以下手孔穴の位置を決めた数式です


1尺8寸管の第1孔(ツ音)の仮の位置は管尻側開放端から
583.8mm÷(96+12+20+16+18+30+)×30=91.2mm

(ツ音)の手孔の位置は(ツ音)の仮の位置から手孔穴補正38.5mmずれた位置

91.2mm+38.5mm=129.7mm

この数字から管尻補正5.7mmを引いた

129.7mm-5.7mm=124mm  となります。


その他の(レ音)、(チ音)、(リ音)、(ロ甲音)については

(ツ音)を基準に0124図の比率で歌口側へずれるので、各々の手孔穴の位置は

(レ音)583.8mm÷(96+12+20+16+18+30+)×18+124mm=178.73125mm 

(チ音)583.8mm÷(96+12+20+16+18+30+)×(18+16)+124mm=227.38125mm

(リ音)583.8mm÷(96+12+20+16+18+30+)×(18+16+20)+124mm =288.19375mm

(ロ甲音)583.8mm÷(96+12+20+16+18+30+)×(18+16+20+12)+124mm =324.68125mm

以下、このようにして計算された、数字をまとめると下図となります。

 

1尺8寸管以外については、各音律の周波数に基づいて、同じように、計算する事が出来ます

ただし、節の移動補正B、手孔穴補正Y、の部分は、先に述べている様に、それぞれ、条件によって変わって来ますので、BrとYの変数には注意が必要です。

古い書物に、尺八の全長から手孔の寸法を割り出す手法に十割法と言う方法がありましたこれまでの説明で、その決め方に無理があると言う事もお解りいただいたと思います。